(1)カテプシン群による細胞死の制御
細胞が生存する証しは、代謝回転が進むことである。代謝が進むと細胞にとって不要な物質ができる。その工場となるオルガネラも古くなる。これらの不要な物質や構造物を処理するために、細胞にはリソソーム系が発達している。オートファジー(自食作用)によって、これらの物質を膜内に取り込む。この構造をオートファジー小体と呼ぶ。この小体にカテプシン群等のリソソーム酵素が運ばれて、分解反応が進む。電子顕微鏡による観察により、この小体の形成がアポトーシスと呼ばれる細胞死の過程で、そのごく早い時期から出現することがわかった。
〜このような著しい形態的変化を伴うリソソーム活性化の分子生物学的メカニズムは、まだほとんど解明されていない〜
ラット褐色細胞腫由来のPC12 細胞及び脊髄後根神経節細胞は、培養時に血清及び神経栄養因子を除くと、アポトーシスに陥ることが知られている。この死の過程でも、培養初期からオートファジー小体の形成が活発となる。このときのリソソームカテプシン群の酵素活性を経時的に調べると、カテプシン
B の活性は減少し、逆にカテプシン D の活性は上昇する。
〜細胞死の過程で出現するオートファジー小体では、カテプシンBとDのバランスが著しく崩れていることがわかった〜
次にこの事実を検証するため、PC12 細胞にカテプシン BとD をそれぞれ強制発現させた細胞株を樹立し、細胞死に対する感受性を調べた。また、主にカテプシンBをリソソームへと選別輸送する際に用いられるcation-dependent
mannose 6-phosphate receptor(CD-MPR)を発現させ、同様の解析を試みた。その結果、カテプシン
D を発現させた細胞株では、血清非存在下で培養すると野性型細胞に比べて速やかにアポトーシスに陥いり、しかもカテプシン B の活性は劇的に減少していた。一方、カテプシン
B 及び CD-MPR を発現させた細胞株では野性型細胞に比べてアポトーシスが抑制されることが明らかとなった。
〜これらの事実は、カテプシンBとDによって制御される細胞死の経路が存在することを強く支持するものである〜
リソソームに存在するカテプシン群のバランスの破綻が、細胞質の劇的な形態変化をもたらし、ひいては細胞死に陥る可能性を示していることがわかった。これは、神経変性疾患等で長期にわたって病的状態にさらされた神経細胞が、そのリソソーム酵素の変化を引き金として、死へと加速することを想起させる。この思いが私たちの研究のdriving
forceである。
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