カテプシンD欠損マウスの解析
近年老化あるいは神経変性疾患等の原因を探索する中でタンパク分解系の異常/破綻との関連性が指摘されるようになり、神経細胞におけるタンパク分解系の意義はますます大きくなっております。特に、最近の私たちの研究からリソゾームの代表的アスパルギン酸およびシステインプロテアーゼであるカテプシンDとBは神経細胞の生死に直接関与することが明らかになりつつあります。そこで、私たちは神経細胞におけるリソゾームカテプシンDの役割について研究を進めております。
カテプシンDはほとんどの細胞に存在しておりますが、中枢神経系では特に豊富に存在します。これまでに、本酵素の基質や疾患との関連性について多くの研究がなされております。しかし、カテプシンDの生理的役割を十分理解するまでに至っておりません。そのような折、ドイツのゲッティンゲン大学のKurt
von Figura教授のもとでカテプシンD欠損マウス(以下CD-/-マウス)が作成され、(1)生後発育が14日以降で急速に遅滞し生後26±1日で死に至り、(2)リンパ系組織が退縮し、(3)死亡時には小腸領域に限局した広範な壊死を伴い、(4)CD-/-マウスの線維芽細胞株では蛋白分解能の低下は認められないことを報告しました(Saftig
et al.,1995)。
私たちは同マウスを譲り受け解析を始めました。詳細な観察の結果、同マウスは生後20日頃より低成長に加えて神経症状(体幹の震え・尾の硬直・歩行異常・視覚異常)を呈すことが明らかになりました。形態観察の結果、神経細胞の細胞質にはリソゾーム様構造物が蓄積しておりました。蓄積物は自家蛍光を持つことからセロイドリポフスチンと考えられ、ミトコンドリアF1F0ATPaseのサブユニットcの蓄積も認められました。
以上の結果は1.カテプシンDがリソゾーム蛋白分解系における必須の酵素であること、および2.同酵素の欠損により神経性セロイド様リポフスチン蓄積症(Neuronal Ceroid Lipofuscinoses;
NCLs)と呼ばれる神経変性疾患に非常に類似した病態を呈することを示しております(Koike et al.,
in press)。同病は本邦では数十例しか報告されていない非常に稀な疾患ですが、北欧では約1万人に1人の割合で発生する常染色体性劣性遺伝の神経難病です。
現在、本教室のキーワードである《細胞死・リソゾームプロテアーゼ・オートファジー》を中枢神経系にリンクさせた以下の研究を1)超薄切片法・免疫電顕(徳安法)、2)間接蛍光抗体法、共焦点顕微鏡法、3)ウェスタンブロッティング・細胞分画等を駆使して進めております。
1.[細胞死・リソゾームプロテアーゼ] CD-/-マウスの網膜変性の機構
2.[リソゾームプロテアーゼ] CD-/-マウス脳にみられる蓄積物の解析
3.[リソゾームプロテアーゼ・オートファジー] CD-/-マウス神経細胞にみられる構造物の〈膜〉の由来
4.[リソゾームプロテアーゼ] CD-/-マウスの全身の臓器の形態学的解析
5.[細胞死・リソゾームプロテアーゼ]脳虚血とCD-/-マウス